「教学上の基本問題」について(6・30)

一、戸田会長の悟達・創価仏法の原点

 

 資料

 この御文は、非常に深い意味が含められております。

 一つは、この前の「皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」を受けて、総じては、題目を唱える人は、すべて地涌の菩薩であるけれども、その弘まっていく原理はまず一人が立ち上がって唱えはじめ、そこから二人、三人、百人と広がっていく。必ずそこに総・別があるということであります。

 この別してのお一人が、いうまでもなくご在世においては、日蓮大聖人ご自身であります。しかし、それはご在世のみならず「未来も又しかるべし」と仰せであります。創価学会は、初代会長・牧口先生が、まずお一人、立ち上がられ、唱えられはじめたところから二人、三人と「唱えつたえ」、約三千人にまでなった。

 戦後は、第二代会長・戸田先生が、東京の焼け野原に立って、一人、唱えはじめられ、そこから、二人、三人、百人と「唱えつたえ」て、現在の一千万人以上にまでなったのであります。

 私どもは、この別して一人、唱えはじめられた牧口先生、戸田先生の存在はもとより、その精神を正しく受け継いでいくことを忘れては絶対にならない。まず一人が唱えはじめ、そこから唱えつたえていくということは、その最初の一人の精神が脈々と伝わっていかねばならないとのご指南でなくて、なんでありましょうか。

 ともかく、最初の一人が肝心なのです。それが一切の淵源となって、広がっていく、というのは、広布の絶対の方程式と確信していただきたい。

(池田会長講義「諸法実相抄」聖教新聞52年1月5日付)

 質問

 大聖人がただお一人唱え初められたお題目であるにも関らず初代会長・二代会長が唱えはじめられたというのは僭越ではないでしょうか。

 答え

 「諸法実相抄」の「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱えしが……」の御文を講義する際、学会において初代会長、二代会長が唱えはじめられたとの表現がありましたが、現時点における、学会における歴史的事実を述べたものでありました。しかし、こうした論述をする際も、大聖人がただお一人唱えはじめられたお題目であることを銘記し、僭越にならぬように注意してまいりたいと思います。

 

 資料

 創価仏法の原点は、いうまでもなく戸田前会長の悟達にあります。

 (池田会長てい談「法華経の展開」大百蓮華49年4月号)

 質問

 創価仏法とは何ですか。日蓮正宗の仏法の外にあるのですか。

 答え

 学会は、実践の教学として社会に仏法を応用展開してきましたが、それを急ぐあまり、宗門伝統の教学に対し、配慮のいたらない部分がありました。この点は、今後十分留意していきたいと思います。

 「創価仏法」という表現を使ったことがありますが、これは折伏弘教のうえでの社会への展開という側面でありました。すなわち、実践の教学の意味が込められていました。ものごとには一つのことをさまざまに表現する場合があります。いわば創価というのは、幸福ということであり、幸福の仏法という意味で用いたのであります。

 また、仏法の展開に際しては、さまざまな現代の哲学、科学上の成果をふまえなければなりません。そのためには、多少の試行錯誤もあることは、当然、覚悟しなければならないことです。むしろ現代人にわかりやすいように、外護の責任のうえから、ある意味のクッションをおいた形が、後々のために望ましいと考えました。しかし「創価仏法」という表現自体は避けるようにします。

*創価仏法という言葉は、日蓮大聖人の仏法のほかに、なにか別のものがあるかのような印象を与える恐れがあるので今後使用しないようにします。

 

 資料

 この折りの、彼の明晰な悟達は、仏法を見事に現代に蘇らせ、近代科学に優に伍して遜色のないものとした、といえよう。そして、仏法に鮮明な性格と、現代的な理解とを与えたのである。いや、そればかりではない。日蓮大聖人の生命哲学を、あらゆる古今の哲学のうえに位置せしめた、記念すべき強力な発条であったというべきではなかろうか。

(池田会長著「人間革命」第四巻)

 質問

 「日蓮大聖人の生命哲学」という語を使っているが、これは「日蓮大聖人の仏法」というべきであります。また、戸田会長の悟達が大聖人の生命哲学をあらゆる古今の哲学の上に位置せしめたという言い方は僭越であると思います。もし、大聖人の仏法を古今の教えのなかで最高のものと悟られたというなら結構であります。

 答え

 「日蓮大聖人の生命哲学」という表現は、厳密にいえば「日蓮大聖人の仏法」というべきであります。日蓮大聖人の仏法は宗教であり、その実践においては、純一な信を根本とすべきであります。ただ、広く仏法を理解させる素地をつくる手段のために、理論的には「生命論」「生命哲学」として展開することは、ご了解願いたいと思います。

 

 資料

 戸田先生はあくまで、日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されながら、久遠の妙法によって法華経を読みきられたのであります。まさにあの「仏とは生命である」との悟達は、この従果向因の行き方から生まれたのであります。

 そしてその悟達をもとに、法華経並びに一切の経典を生命論の立場から捉え直され、仏教を現代的に開く画期的な展開をされたのもまた、従果向因であります。

(池田会長講義「百六箇抄」大百蓮華52年8月号)

 質問

 「その悟達をもとに法華経並びに一切の経典を生命論の立場から捉え直され仏教を現代的に開く画期的な展開をされたのも又従果向因であります」との文は何が従果向因なのかわかりません。もっと判り易く解釈して下さい。

 答え

 戸田第二代会長の悟達を「従果向因」と表現したのは、法華経から大聖人の仏法に入ったのではなく、日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されて、法華経を読みきられたとの意であります。

 しかし、このような場合に「従果向因」の語は適当でなく誤解を生ずるので、第二代会長の自覚に関連したような形では、この語を使わないようにします。

 

 資料

 原島 それから創価学会再建への獅子奮迅の戦いのなかで、戸田前会長は法華経の講義に全魂を傾けられますね。出獄後直ちに法華経を講義されたのも、獄中の悟達を弟子達に伝えたかったからだと「人間革命」には記されております。

 それは、戸田前会長の悟達の大生命に回転していく法華経であったと思うのです。あえていえば、法華経を媒介としてご自身の境地を開き“生命”そのものに迫っていかれた……。

 会長 創価仏法の原点は、いうまでもなく戸田前会長の悟達にあります。

(池田会長てい談「法華経の展開」大白蓮華49年4月号)

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 又自分は文底独一の教理を説いて居ると深く信じて居るが教本には文上の法華経を用いて居る。

 此の二つの罪は御本仏の許す可らざるものである。私は大難をうけたのである。立つ可き秋に立たずつく可き位置につかず、釈迦文上の法華経をもてあそぶ者として大謗法の罪に私は問はれたのである。

 有り難や、死して無間地獄うたがいなき身が御本尊の功徳は有り難く現世に気づくことが出来たのである。

(戸田城聖論文「創価学会の歴史と確信」)

 質問

 戸田前会長の悟達は法華経を媒介として悟ったということですが、法華経の付属をうけてその文底真義を弘められる方は大聖人お一人の筈であります。しかるに戸田会長の法華経による悟達を立てるならば大聖人の仏法は要らなくなると思いますがいかがですか。また、戸田会長自身かつて法華経の講義をしたことにより罰を受けた(妙悟空 人間革命)といわれています。このことと法華経による悟達の関係をどのように会通されますか。

 答え

 戸田第二代会長の、いわゆる“獄中の悟達”については、どこまでも大聖人の仏法を古今の教えのなかで最高のものであるということを悟り、大聖人の南無妙法蓮華経を広宣流布していくべき使命の自覚に立たれたということであります。すなわち南無妙法蓮華経の大慈大悲に包まれた境涯に感涙したという意味でありました。それが日蓮大聖人の御内証と同じであるとか、大聖人の仏法とは違う仏法を創造したと受けとめてはならないことです。

 戸田第二代会長が、後に法華経を講義したために罰をうけたというのは、第二代会長は、大聖人の仏法の文底から解釈していったつもりでありましたが、受講者にとっては、いつのまにか文上に流され、その理解にとどまったことをいったのであります。

 

 資料

 戸田前会長は、牢獄の中、御本尊のないところで、大宇宙に向かって二百万遍の題目を唱え、法華経を色読され、地涌の菩薩の棟梁としての開悟をされた。

(池田会長指導「前進」52年6月号)

 質問

 地涌の菩薩の棟梁とはいうまでもなく上行菩薩であります。すると戸田前会長は上行菩薩として自身を開悟しその行を行じたのですか。そうなると大聖人は必要ないことになりますね。

 答え

 戸田第二代会長のことを「地涌の菩薩の棟梁」といったことがありますが……これは在家における折伏弘教のうえの指導者という意味で使ったのであり、戸田第二代会長みずからいわれた言葉でもあります。

 ただし、不本意ながら、文は意を尽くさずで、要旨としてまとめたとき、文脈上、上行菩薩の再誕即御内証は久遠元初自受用報身如来の再誕・末法の御本仏日蓮大聖人に通じるかのような文体となってしまった場合もありました。したがって、今後こうした言葉遣いについて十分注意していきます。

 

 資料

 戸田前会長は、獄中のあの必死の唱題と巌を貫く求道の一念によって、己心の久遠の仏としての生命を覚知されたのではないでしょうか。

(桐村泰次著「教学対話室」)

 質問

 この語によると学会では戸田前会長を本仏と仰ぐように思われますがそうなのですか。

 答え

 末法の御本仏が日蓮大聖人お一人であられることは「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし」との御金言のごとく、末法万年にわたって変わらぬ根本義であります。また学会の半世紀にわたる苦闘の歴史は、すべてこの日蓮大聖人が末法御出現の御本仏であることを、折伏をもって世界に知らしめてきました。

 日常の自行において、また化他行において、すべて日蓮大聖人を御本仏と仰ぎ、日蓮大聖人の魂をとどめられた御本尊を信心の根本対境とし、日蓮大聖人の仏法の広宣流布を実践の大目的としてきたのが、学会精神の骨髄であります。

 ゆえに、学会には本来、会長本仏論などということは絶対にありません。

 歴代会長を折伏弘教、広宣流布の指導者として尊敬し、またさまざまの指導をうけ心からの信頼を寄せていることは、会員の自然の心情であります。そのことを宣揚するあまり、あたかも大聖人と等しいがごとく受けとめられる過大な言葉や表現を用いることは、厳重に慎まなければなりません。

 なお戸田第二代会長の悟達の意味を「己心の久遠の仏としての生命を覚知した」と解釈したことについては、これは妙法に対する題目の力によって、我が胸中に力強く仏界が湧現することを表現しようとしたものでありますが、十分その意を尽くしていないので、そうした言葉は使わないようにします。

 

 資料

 獄中における“仏とは生命なり”の悟達と、その生命の暖流を、広く濁世にしき満つる戦いが、戸田先生の原点であり、学会の原点であるわけですね。

 柳原 戸田先生の、学会再建の第一歩は、生命論から始められた。それから亡くなるまでの激闘に次ぐ激闘の生涯も、また自己の生命の展開とともに、未来に不朽不滅の生命論を残された日蓮大聖人の仏法を、生命という視点からとらえ直し、生き生きと現代へよみがえらせた偉業であるといってよい。

(座談会「4・2恩師の逝去と広布後継の道」柳原延行副会長談 聖教新聞51年4月2日付)

*****

 あの戸田先生の獄中での「仏とは生命なり」との悟達は、まさしく日蓮大聖人の仏法を生命論としてその原点に立ち返ることにより、現代に蘇生させ、人類文明をリードする不変の哲理として打ち立てた一大壮挙であったのであります。とともに、この戸田先生の地涌の菩薩としての自覚は、創価学会の実践、生命として脈打ち、御本仏日蓮大聖人の生死一大事の血脈はとうとうとして流れ始めたといってよい。

(池田会長講義「生死一大事血脈抄」大白蓮華52年6月号)

 質問

 「仏とは生命なり」ということはどういう意味ですか。

 「生命の暖流」とはどういう意味ですか。

 仏とは生命なりの悟達が戸田先生と学会の原点であるといわれるが、戸田先生は大聖人の南無妙法蓮華経を広宣流布するつもりではなかったのですか。

 「現代に蘇生させ」たということは、大聖人の仏法はその時まで死んでいたのですか。また、「戸田先生の地涌の菩薩としての自覚」とあるが吾々自身は地涌の眷属と信じています。戸田先生は眷属ではなく地涌の菩薩であるのですか。

 答え

 一、戸田第二代会長が「仏とは生命なり」と叫んだということの意味は、キリスト教のように神を遠くにおき、人間は神になれないといった考え方に対し、大聖人の仏法では、我が生命に仏界があると説かれています。その大聖人の仏法の深遠な偉大さを、透徹した信心で確信したとの意味であります。すなわち、御本尊への唱題によって、一切衆生に仏性があるということを実感したことの、一つの表現であります。

 一、学会の原点が戸田第二代会長の悟達にあるということを、さまざまに表現しました。たとえば、そこから「生命の暖流が流れはじめた」とか「仏法を現代に蘇生させた」とかいいましたが、いずれも学会の広布弘教の起点を意味したものであります。この意味をより正確にいえば、戸田第二代会長の獄中の自覚と決意が戦後の折伏活動の起点となったということです。事実、戸田第二代会長は戦後の学会にあってひとり決然と折伏に立ち、七十五万世帯の達成をする決意で戦われました。これがあって、今日のような大河のような広宣流布の姿があるのであります。

 もちろん、根本は御本尊であり、日蓮大聖人の大慈悲であります。かつまた、七百年間正宗の正しき法義、化義があったからであり、それが見事に開花したのであります。その証拠に、戸田第二代会長が戦後いちはやく総本山に御奉公をしたことをもってしても、他意がないことは明らかであることを確認しておきたいと思います。

 一、また、我々が地涌の菩薩というのは、御書の「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや(中略)末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」との御文等によったものであり、この表現自体は許されると考えております。

 しかし、それは総じての立場であり、別しての日蓮大聖人に対するときは、地涌の菩薩の眷属というべきであります。

 

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